2026年4月1日から強制適用が開始される「新リース会計基準」。これまで費用処理が可能だったオペレーティング・リースも、原則として資産・負債として貸借対照表(B/S)に計上(オンバランス化)することが求められるようになり、企業の財務諸表に大きな影響を与えます。この記事では、新リース会計基準の導入で何が変わり、なぜ変わるのかという背景から、従来基準との違い、具体的な仕訳例、企業が取るべき実務対応までを、図解を交えて網羅的に解説します。IFRS第16号とのコンバージェンスによって変更される会計処理のポイントを正しく理解し、万全の準備を進めるための一助となれば幸いです。
結論 新リース会計基準で変わる3つの重要ポイント
2026年4月1日以後開始する事業年度から強制適用(早期適用も可)が見込まれる「新リース会計基準」。この変更は、単なる会計処理の変更にとどまらず、企業の財務戦略や業務プロセスに大きな影響を及ぼします。まずは、特に重要な3つの変更点を押さえましょう。
ポイント1 オペレーティングリースも資産計上が必要に
これまで費用処理(オフバランス)で済んでいたオペレーティング・リースが、原則としてすべて資産・負債として貸借対照表(B/S)に計上(オンバランス)されることになります。これが新リース会計基準における最大の変更点です。
従来、リース会計は「ファイナンス・リース」と「オペレーティング・リース」の2つに分類されていました。このうち、実質的に資産を購入したのと変わらないファイナンス・リースのみが資産計上の対象でした。しかし、新基準ではこの区分が原則として廃止されます。
これにより、例えば本社オフィスの賃貸借契約や、営業車、コピー機のリースなど、多くの企業が費用として処理してきた契約が「使用権資産」および「リース負債」としてB/Sに計上されることになります。結果として、企業の総資産が膨らみ、自己資本比率や負債比率といった財務指標に大きな影響を与える可能性があります。
ポイント2 損益計算書(P/L)の費用構造が変わる
資産計上されることに伴い、損益計算書(P/L)における費用の計上方法も大きく変わります。従来、オペレーティング・リースでは支払リース料を定額で費用計上していましたが、新基準では会計処理が二段階になります。
具体的には、リース料の支払額が「使用権資産の減価償却費」と「リース負債に係る支払利息」に分解されて計上されるのです。この変更がP/Lに与える影響を下の表で確認してみましょう。
| 項目 | 従来基準(オペレーティング・リース) | 新リース会計基準 |
|---|---|---|
| 費用科目 | 支払リース料 | 減価償却費 + 支払利息 |
| P/L上の区分 | 販売費及び一般管理費(営業費用) | 減価償却費:営業費用 支払利息:営業外費用 |
| 費用の推移 | 定額 | 当初は利息が多く、徐々に減少(費用が先行計上される) |
この結果、支払利息が営業外費用となるため、営業利益やEBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)が従来よりも大きく計上されることになります。金融機関からの融資や投資家からの評価において、これらの指標が重視される場合、企業価値の評価に影響を与える重要なポイントです。
ポイント3 リース契約の管理体制の見直しが必須
すべてのリースを資産計上するということは、社内に存在するすべてのリース契約を網羅的に把握し、管理する必要があることを意味します。これは経理部門だけの問題ではありません。
契約内容(リース期間、リース料、更新や解約のオプションなど)を正確に把握し、会計処理に必要な情報を集約する新たな業務フローの構築が不可欠です。特に、リース期間の算定や、リース料総額を現在価値に割り引くための「割引率」の設定など、専門的な判断が求められる場面が増加します。
これまでは各部署で管理されていた賃貸借契約書などを一元的に集約し、リースに該当するかどうかを判定するプロセスを整備しなければなりません。契約件数が多い企業では、Excelなどでの手作業管理には限界があり、リース資産管理システムの導入や改修も視野に入れる必要があります。経理部門と契約を所管する事業部門、法務部門との密な連携が、これまで以上に重要になるでしょう。
なぜ変わるのか?新リース会計基準の導入背景
これまで長年にわたり慣れ親しんできたリース会計のルールが、なぜ今、大きく変わろうとしているのでしょうか。その背景には、グローバル化する経済と、より透明性の高い情報を求める投資家の存在があります。今回の基準変更は、単なる国内のルール改正ではなく、国際的な会計基準との調和(コンバージェンス)と、企業の財務実態をより正確に投資家へ伝えることを目的とした、必然的な流れなのです。ここでは、その2つの大きな背景を詳しく解説します。
IFRSとのコンバージェンス
新リース会計基準導入の最も大きな原動力は、国際財務報告基準(IFRS)とのコンバージェンスです。IFRSは、EUをはじめとする世界140カ国以上で採用されている会計基準であり、グローバルに事業を展開する企業にとっては、いわば「世界の共通言語」となっています。
具体的には、2019年1月以降に開始する事業年度から適用されている「IFRS第16号『リース』」が、今回の日本の新基準のモデルとなりました。海外の投資家や親会社を持つ企業にとって、日本基準とIFRSとでリースの会計処理が異なると、財務諸表を比較分析する際に大きな手間とコストがかかっていました。特に、従来の日本基準では貸借対照表(B/S)に計上されなかったオペレーティング・リースが、IFRS第16号では原則として資産・負債計上(オンバランス)されるため、両者の間には大きな乖離が存在していました。
| リース区分 | 従来の日本基準 | IFRS第16号(新基準のモデル) |
|---|---|---|
| ファイナンス・リース | オンバランス(資産・負債を計上) | オンバランス(資産・負債を計上) |
| オペレーティング・リース | オフバランス(賃貸借処理) | 原則オンバランス(資産・負債を計上) |
この会計処理の違いを解消し、国内外を問わず、企業の財務諸表の比較可能性を高めることが、IFRSとのコンバージェンスを進める大きな目的です。これにより、日本の企業は海外の投資家からより正当な評価を受けやすくなり、資金調達の選択肢を広げることにも繋がります。
投資家への情報提供の充実
もう一つの重要な背景が、投資家をはじめとする利害関係者(ステークホルダー)への情報提供を充実させるという点です。従来の会計基準では、特にオペレーティング・リースが「オフバランス取引」として扱われていたことが問題視されていました。
オフバランスとは、その名の通り、貸借対照表(B/S)に資産や負債が計上されない取引のことです。例えば、航空会社が航空機を、小売業が店舗をオペレーティング・リースで調達した場合、多額のリース料支払義務という実質的な負債を抱えているにもかかわらず、それがB/Sには表示されませんでした。投資家から見れば、企業がどれだけのリース契約を結び、将来にわたってどれだけの支払義務を負っているのかがB/Sから読み取れず、企業の財政状態やリスクを正確に評価することが困難だったのです。
新リース会計基準では、この問題点を解消するため、短期・少額などの一部の例外を除き、すべてのリースを資産(使用権資産)と負債(リース負債)としてB/Sに計上することを求めています。これにより、これまで見えにくかった企業のリース利用の実態が財務諸表に明確に反映され、財務の透明性が格段に向上します。投資家は、企業の財政状態をより実態に即して分析し、適切な投資意思決定を行うための、より有用な情報を得られるようになるのです。
【図解】従来基準と新リース会計基準の違いを比較
新リース会計基準の導入により、企業の会計処理と財務諸表は大きく変わります。特に、これまで費用処理(オフバランス)が可能だったオペレーティング・リースが原則として資産計上(オンバランス)される点が最大の違いです。ここでは、借手側の会計処理と財務諸表の表示が具体的にどう変わるのかを、図解を交えながら比較解説します。
会計処理の比較(借手)
従来の会計基準では、リース契約を「ファイナンス・リース」と「オペレーティング・リース」の2つに分類し、それぞれ異なる会計処理を行っていました。しかし、新基準ではこの区分が原則として撤廃され、短期リースや少額リースなどの例外を除き、すべてのリースを資産・負債として計上する「単一の会計処理モデル」が採用されます。
この変更により、これまで賃借料として費用計上するだけで済んでいた多くのリース契約(例:オフィスの賃貸借契約、コピー機のリースなど)も、貸借対照表(B/S)に計上する必要が出てきました。
| 比較項目 | 従来基準 | 新リース会計基準 |
|---|---|---|
| リースの分類 |
|
原則としてすべてのリースを単一の方法で処理(分類なし)。 |
| 貸借対照表(B/S)への計上 |
|
原則すべてのリースで「使用権資産」と「リース負債」を計上(オンバランス化)。 |
| 損益計算書(P/L)への計上 |
|
減価償却費(使用権資産)と支払利息(リース負債)を計上。 |
財務諸表の表示比較
会計処理の変更は、貸借対照表(B/S)、損益計算書(P/L)、キャッシュ・フロー計算書(C/S)のすべてに影響を及ぼします。特にオペレーティング・リースを多用していた企業では、財務指標が大きく変動する可能性があるため注意が必要です。
| 財務諸表 | 従来基準(オペレーティング・リース) | 新リース会計基準 |
|---|---|---|
| 貸借対照表(B/S) | 資産・負債ともに計上なし。 |
資産の部に「使用権資産」、負債の部に「リース負債」が計上され、総資産と負債がともに増加します。 これにより、自己資本比率や負債比率などの財務指標が悪化する可能性があります。 |
| 損益計算書(P/L) | 支払リース料を定額で費用計上(主に販売費及び一般管理費)。 |
「減価償却費」と「支払利息」に分けて費用計上されます。 支払利息はリース期間の初期に大きくなるため、費用が前倒しで計上される傾向があります。また、営業利益段階では減価償却費のみが計上されるため、EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)は増加します。 |
| キャッシュ・フロー計算書(C/S) | リース料の支払額を「営業活動によるキャッシュ・フロー」として表示。 |
リース料の支払額が、元本返済部分と利息支払部分に分解されます。 元本返済額は「財務活動によるキャッシュ・フロー」、利息支払額は「営業活動によるキャッシュ・フロー」(または財務活動)として表示されるため、営業キャッシュ・フローが増加して見えます。 |
【仕訳例で理解】新リース会計基準の実務フロー
新リース会計基準の導入により、経理の実務は大きく変わります。特に、これまで費用処理のみで済んでいたオペレーティング・リースも資産計上が必要になるため、会計処理のフローを正しく理解することが不可欠です。この章では、具体的な数値例と仕訳を用いて、リース契約の識別から期中の会計処理までの一連の流れを3つのステップで分かりやすく解説します。
STEP1 リース契約の識別
実務の第一歩は、契約が新リース会計基準における「リース」に該当するかどうかを判断することです。契約内容を精査し、以下の要件を満たすかを確認する必要があります。
リースと識別されるための中心的な要件は、「特定の資産(識別された資産)を使用する権利」が、一定期間にわたり顧客(借手)に移転する契約であることです。具体的には、以下の2つの権利を借手が有しているかどうかが判断のポイントとなります。
- その資産の使用から生じる経済的便益のほとんどすべてを享受する権利
- その資産の使用を指図する権利(いつ、どのように使用するかを決定できる権利)
例えば、特定のシリアル番号で管理された複合機を5年間独占的に使用する契約はリースに該当します。一方で、多数のユーザーと共用するデータセンターのサーバー容量を必要に応じて利用するクラウドサービス契約などは、特定の資産を支配しているとは言えず、リースに該当しないケースが多くなります。まずは自社が締結している契約を洗い出し、一つひとつリースに該当するかを識別する作業が求められます。
STEP2 リース開始時の会計処理(使用権資産とリース負債)
契約がリースに該当すると判断された場合、リース期間の開始日に、貸借対照表(B/S)に「使用権資産」と「リース負債」を計上します。これが新基準における最も大きな変更点です。
ここでは、以下の条件のリース契約を例に、具体的な仕訳を見ていきましょう。
- リース物件:業務用車両
- リース期間:5年
- 年間リース料:120万円(毎年期末払い)
- 割引率(借手の追加借入利子率):2.0%
まず、将来支払うリース料総額を現在価値に割り引いて、リース負債の計上額を計算します。この例では、計算後のリース負債額が約553万円になったと仮定します。原則として、使用権資産はリース負債と同額で計上します(付随費用などがあれば加算します)。
リース開始日の仕訳は以下のようになります。
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 使用権資産 | 5,530,000円 | |
| リース負債 | 5,530,000円 | |
| 摘要 | 業務用車両のリース契約開始に伴う資産・負債計上 | |
この仕訳により、これまでオフバランスだったリース契約が、資産と負債の両建てで財務諸表に計上(オンバランス化)されることになります。
STEP3 リース期間中の会計処理(減価償却と利息)
リース期間中は、決算期ごとに「使用権資産の減価償却」と「リース負債の利息計上および返済」の2つの会計処理を行います。
使用権資産の減価償却
計上した使用権資産は、リース期間(この例では5年)にわたって減価償却を行います。通常は定額法で計算します。
年間減価償却費 = 5,530,000円 ÷ 5年 = 1,106,000円
決算時の減価償却の仕訳は以下の通りです。
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| 減価償却費 | 1,106,000円 | |
| 使用権資産 | 1,106,000円 | |
| 摘要 | 使用権資産(業務用車両)の減価償却 | |
リース料支払時の会計処理
毎年支払う120万円のリース料は、「リース負債の元本返済」と「支払利息」の2つの要素に分解して処理します。支払利息は、期首のリース負債残高に割引率を乗じて計算します(利息法)。
1年目の支払利息 = 5,530,000円 × 2.0% = 110,600円
1年目のリース負債返済額 = 1,200,000円 – 110,600円 = 1,089,400円
リース料支払時の仕訳は以下のようになります。
| 勘定科目 | 借方 | 貸方 |
|---|---|---|
| リース負債 | 1,089,400円 | |
| 支払利息 | 110,600円 | |
| 現金預金 | 1,200,000円 | |
| 摘要 | 業務用車両のリース料支払い | |
このように、新リース会計基準では、リース開始時の資産・負債計上から、期間中の減価償却と利息計算まで、一連の体系的な会計処理が必要となります。従来のように支払リース料を費用計上するだけの処理とは大きく異なるため、実務フローの理解と準備が重要です。
企業が取るべき対策と適用スケジュール
新リース会計基準の適用は、単なる経理部門のタスク変更にとどまりません。リース契約の把握からシステム対応、社内規程の変更まで、全社的な取り組みが求められます。ここでは、企業が具体的に何をすべきか、その対策と適用スケジュールについて詳しく解説します。
影響度分析とシステム対応
新基準へスムーズに移行するための第一歩は、現状把握と影響度の試算です。まずは、自社がどれだけのインパクトを受けるのかを正確に把握することから始めましょう。
影響度分析の進め方
最初に実施すべきは、全社に存在するすべてのリース契約を網羅的に把握する「契約の棚卸し」です。経理部門が管理している契約だけでなく、各事業部門や拠点が個別に契約しているPC、複合機、車両、不動産なども対象となります。契約内容を精査し、新基準における「リース」の定義に該当するかを一つひとつ識別していく必要があります。
次に、識別したリース契約について、使用権資産とリース負債の金額を試算します。これにより、新基準適用によって貸借対照表(B/S)の資産と負債がどの程度増加するのか、財務諸表への具体的なインパクトを可視化します。この結果は、自己資本比率などの財務指標にも影響を与えるため、早期に経営層へ報告し、理解を得ておくことが重要です。
システム対応のポイント
把握したリース契約を適切に会計処理するためには、システム対応が不可欠です。既存の会計システムや固定資産管理システムが、使用権資産の減価償却計算やリース負債の利息計算といった新基準の要件に対応できるかを確認します。
多くの場合、システムの改修やアドオン開発、あるいはリース管理に特化した新しいシステムの導入が必要となるでしょう。特に契約件数が多い企業では、Excelなどでの手作業管理には限界があり、契約情報の一元管理から複雑な計算、仕訳作成までを自動化できるリース管理システムの導入が業務効率化の鍵となります。
社内規程の見直しと関係部署との連携
新リース会計基準への対応を円滑に進めるためには、社内のルールを整備し、部門間の連携体制を構築することが欠かせません。
会計方針と業務フローの再構築
新基準の適用に伴い、リース取引に関する会計方針や関連する社内規程の見直しが必須となります。具体的には、資産計上するリースの範囲や、簡便的な会計処理を適用する「短期リース」「少額リース」の具体的な基準(金額など)を明確に定める必要があります。
また、リース契約の締結から会計計上、管理に至るまでの一連の業務フローも再構築しなければなりません。契約情報を誰が、いつ、どの部署に、どのような形式で報告するのか、といったルールを明確化し、全社で統一された運用を目指します。
部門間連携の重要性
新基準の適用は、経理部門だけで完結するものではありません。実際にリース契約を締結・管理する事業部門、総務部門、法務部門、IT部門など、関係各所との緊密な連携が成功の鍵を握ります。
例えば、新規契約時には、会計処理に必要な情報(リース期間、リース料、金利など)が漏れなく経理部門へ連携される仕組みを構築する必要があります。そのためには、各部署の担当者に対して社内研修などを実施し、新基準の概要や業務フローの変更点について周知徹底を図ることが重要です。
新リース会計基準の適用時期と早期適用
新リース会計基準は、すべての企業に適用が義務付けられます。自社がいつから対応すべきなのか、正確なスケジュールを把握しておきましょう。
日本の会計基準(2023年5月に公開された企業会計基準公開草案第73号「リースに関する会計基準(案)」)では、適用時期は以下の通り定められる見込みです。
| 対象企業 | 原則適用(強制適用)の開始時期 |
|---|---|
| 上場企業など | 2026年4月1日以後開始する事業年度の期首から |
| 非上場企業など | 同上(ただし、適用時期に選択の余地が設けられる可能性あり) |
上記の原則適用の開始日より前から、新基準を任意で適用する「早期適用」も認められる見込みです。早期適用には、IFRS(国際財務報告基準)を適用する海外子会社との会計処理の統一化が図りやすい、準備を前倒しで進めることで業務負荷を平準化できるといったメリットがあります。
一方で、準備期間が短くなる、システム対応が間に合わないリスクがあるといったデメリットも考慮しなければなりません。自社の準備状況や経営戦略を踏まえ、最適な適用タイミングを慎重に検討することが求められます。
押さえておきたい例外処理と簡便法
新リース会計基準では、原則としてすべてのリース契約を使用権資産とリース負債として資産計上する必要があります。しかし、実務上の負担を考慮し、特定のリース契約については会計処理を簡素化できる例外規定が設けられています。ここでは、企業の経理担当者が必ず押さえておくべき「短期リース」と「少額リース」の特例、そして中小企業における会計処理の関連性について詳しく解説します。
短期リースと少額リースの特例
新リース会計基準の適用において、実務上の煩雑さを回避するために設けられたのが「短期リース」と「少額リース」の特例です。これらの要件を満たすリース契約については、使用権資産やリース負債を計上せず、従来通り支払ったリース料を費用として処理する簡便な方法が認められています。これにより、重要性の低いリース契約まで資産計上する手間を省くことができます。
それぞれの特例の概要と会計処理は以下の通りです。
短期リース
短期リースとは、リース開始日時点においてリース期間が12ヶ月以内であるリースを指します。例えば、展示会のために3ヶ月だけ借りるオフィス機器や、繁忙期に6ヶ月間だけ利用する倉庫などが該当します。ただし、契約上は短期間であっても、実質的に更新が確実で12ヶ月を超えて利用することが見込まれる場合や、割安購入選択権(バーゲン・パーチェン・オプション)が付与されている場合は、この特例の対象外となるため注意が必要です。
少額リース
少額リースとは、リース契約の対象となる原資産そのものが少額であるリースを指します。この特例は、リース期間に関わらず適用できます。例えば、オフィスで利用するコピー機やパソコン、電話機などが典型例です。日本の会計基準では具体的な金額基準は明示されていませんが、先行して導入されているIFRS第16号の基準である「新品であった場合の価額が5,000米ドル以下」という目安が参考にされるケースが多いです。少額かどうかの判定は、個々の資産単位で行うことがポイントです。例えば、1台5万円のPCを100台リースする契約の場合、個々のPCは少額ですが、契約全体として重要性がある場合は慎重な判断が求められます。
| 項目 | 短期リース | 少額リース |
|---|---|---|
| 適用要件 | リース期間が12ヶ月以内であること。 | 原資産が少額であること(個々の資産単位で判断)。 |
| 会計処理 | 使用権資産・リース負債を計上せず、支払リース料を費用処理(賃貸借処理)。 | |
| 判断のポイント | リース期間の評価(更新可能性などを考慮)。 | 原資産の価値評価(企業ごとの重要性基準の設定)。 |
中小企業の会計に関する指針との関連
新リース会計基準の導入は、主に上場企業や会社法上の大会社に影響を与えるものです。一方で、日本企業の大多数を占める中小企業については、異なる会計ルールが適用される場合があります。
具体的には、会計監査人を設置していない株式会社などの多くの中小企業は、「中小企業の会計に関する指針」に準拠した会計処理が認められています。この指針を適用する場合、所有権移転外ファイナンス・リース取引について、引き続き通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理(賃貸借処理)を行うことが可能です。
つまり、中小企業においては、新リース会計基準による原則的な資産計上が強制されるわけではなく、従来通りの簡便な処理を継続できる道が残されています。これは、中小企業の実務負担やシステム対応のコストを考慮した措置です。ただし、金融機関との融資契約や将来的な上場(IPO)を視野に入れている企業の場合は、対外的な信頼性の観点から、自主的に新リース会計基準を適用することも選択肢の一つとなります。自社がどの会計基準の対象となるのか、また将来の事業展開を見据えてどの基準を選択すべきかを、顧問税理士や会計士と相談の上、慎重に検討することが重要です。
新基準の注意点
新リース会計基準の概要や仕訳例を理解した上で、実務に落とし込む際にはいくつかの注意すべき点が存在します。これらは表面的な理解だけでは見落としがちな、しかし企業の財務に大きな影響を与えかねない重要なポイントです。ここでは、数多くの企業の会計実務をサポートしてきた視点から、特に注意が必要な4つの論点を深掘りして解説します。
注意点1:契約実態の把握と「リース」の識別がより重要に
新基準では、まず契約が「リース」に該当するかどうかを正しく識別することが全ての出発点となります。特に注意が必要なのが、従来は費用処理で済んでいた契約の中に隠れている「組込リース」です。
サービス契約に潜む「組込リース」の見極め
例えば、特定のデータセンターにあるサーバーを独占的に利用する契約や、特定の車両を使用する物流アウトソーシング契約などは、単なるサービス契約に見えても実質的に資産を支配していると判断され、リースに該当する可能性があります。契約書に「リース」や「賃貸借」という文言がなくとも、その経済的実態に基づいて判断する必要があるため、法務部門や購買部門など、契約内容を把握している部署との連携が不可欠です。すべての関連契約を洗い出し、リース識別の判定フローを確立することが急務となります。
注意点2:財務指標への影響とステークホルダーへの説明責任
オペレーティングリースが資産・負債計上されることで、財務諸表の見た目が大きく変わります。これは、経営者が認識している以上に大きな影響を及ぼす可能性があります。
具体的には、総資産と負債が同時に増加するため、自己資本比率や負債比率といった安全性の指標が悪化する傾向にあります。この影響は、特にリース契約の多い小売業や運輸業などで顕著になります。
| 財務指標 | 影響 | 主な理由 |
|---|---|---|
| 自己資本比率 | 低下 | 総資産(分母)と負債が増加するため。 |
| 負債比率(D/Eレシオ) | 上昇 | 負債(分子)が増加するため。 |
| ROA(総資産利益率) | 低下 | 総資産(分母)が増加するため。 |
| EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益) | 増加 | 支払リース料が減価償却費と支払利息に分解され、営業費用の支払リース料がなくなるため。 |
特に注意すべきは、金融機関との融資契約に含まれる財務制限条項(コベナンツ)です。自己資本比率や負債比率の基準に抵触するリスクがないか、事前にシミュレーションを行い、必要に応じて金融機関へ丁寧な説明と協議を行う準備が求められます。
注意点3:見積り要素の増加と監査対応の準備
新基準では、会計処理を行う上で重要な見積り項目が増加します。これらの見積りの合理性は、会計監査においても厳しくチェックされるポイントとなります。
リース期間の算定
契約書上の期間だけでなく、延長オプションや解約オプションの行使可能性を合理的に見積もり、リース期間に含める必要があります。例えば、「著しく有利な条件での延長オプション」が存在する場合、その期間もリース期間として算定しなければなりません。
割引率の設定
リース負債の現在価値を計算するための割引率は、原則としてリースに内蔵されている利率(貸手の計算利子率)を使用しますが、これが不明な場合は企業の追加借入利子率を使用します。この追加借入利子率を客観的な根拠をもって算定し、監査法人に説明できる準備が必要です。
注意点4:管理体制の再構築と業務プロセスの見直し
これまで費用処理で完結していた多数のオペレーティングリース契約について、使用権資産とリース負債を個別に管理する必要が生じます。契約件数が多い企業では、Excelなどによる手作業での管理は限界を迎え、ヒューマンエラーや管理漏れのリスクが飛躍的に高まります。
そのため、リース契約の情報を一元管理し、複雑な会計処理を自動化するリース管理システムの導入が有効な選択肢となります。また、契約締結の段階から経理部門が関与し、会計処理に必要な情報を確実に収集できるような業務フローの見直しも、新基準へのスムーズな移行には不可欠です。
まとめ
本記事では、新リース会計基準の概要から従来基準との違い、具体的な仕訳例、そして企業が取るべき対策までを網羅的に解説しました。新リース会計基準における最大の変更点は、これまでオフバランス処理が可能だったオペレーティング・リースについても、原則として貸借対照表(B/S)に「使用権資産」と「リース負債」を計上する必要がある点です。
この変更の背景には、IFRS(国際財務報告基準)とのコンバージェンスを進め、投資家が企業の財務状況をより正確に把握できるようにするという目的があります。結果として、企業の総資産と負債が増加し、自己資本比率などの財務指標に影響が及ぶほか、損益計算書(P/L)上の費用も「支払リース料」から「減価償却費」と「支払利息」に分解されるため、費用構造が変化します。
新基準へスムーズに対応するためには、まず自社が契約している全てのリースを洗い出し、影響度を分析することが不可欠です。その上で、会計システムの改修や業務プロセスの見直し、関係部署との連携体制の構築などを計画的に進める必要があります。ただし、実務上の負担を考慮し、短期リースや少額リースについては資産計上を不要とする簡便的な取り扱いも認められています。
新リース会計基準への対応は、経理・財務部門だけの課題ではありません。契約内容の把握から管理体制の構築まで、全社的な取り組みが求められます。本記事を参考に、適用スケジュールを確認し、万全の準備を進めてください。